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【実況・小野塚康之 時代を超える名調子】縦断高校野球列島(30)~奈良県~ 決勝史上最高の緊張感、天理vs沖縄水産 捕った!捕った!小竹が優勝つかみ取った~!! (1/3ページ)

 奈良県といえば迷わず天理だ。最初に強く印象付けられたのは1972年夏から3季連続出場を果たした時期だ。この頃のチームに佐藤清(早稲田大~日本生命)がいた。2年生で4番ファーストで登場、3年時にはピッチャーで3番、何しろ目立った。190センチ84キロというこの時代としては破格のボディーサイズだからだ。高校生にとってとてつもなく大きな甲子園というステージを小さく感じさせた。

 特に3年夏の活躍は鮮烈だった。投手としては1回戦の青森商と2回戦の中京商(岐阜)を連続完封した。打っても2試合で7打数4安打2打点と大活躍。体は大きいが決してパワー任せではなく、投球動作に柔らかさもあった。オーバーハンドでコントロールも安定していた。打席でも自然体に立ちむちゃ振りすることがなく自分の体力を把握し力まずしっかり振っていた。それでいてロングヒットが出る。個人としては大会をまたぎ5試合連続で長打を記録している。大きな体をうまく操っていた。

 佐藤は当時のテレビの人気者ジャンボサイズのキャラクター“マックス”がニックネームとなって高校野球ファンを越えて注目を浴びた。私も佐藤に惹(ひ)き込まれるように天理に強く関心を抱くようになった。佐藤の好打に盛り上がるアルプススタンド、吹奏楽による華やかな応援スタイルもこの頃から私の中に浸(し)み込んでいった。“ファンファーレ”に“ワッショイ!”個性あふれる野球団だ。

 天理は夏2回春1回の甲子園制覇を果たしている。中でも2度目の全国制覇の瞬間は私の中では決勝史上最高の緊張感を味わった。息をのむとは正にこのことだった。90年第72回選手権大会決勝、天理対沖縄水産。天理が勝てば5年ぶり2度目、この年は強力打線に加え投手力も充実。一方、沖縄水産は沖縄勢甲子園出場33年目にして初の頂点への意気込みがものすごかった。指揮を執る歴戦の雄・栽弘義監督はバントを多用する攻撃のスタイルに変えてまで1点を大切に勝利を追求した。

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