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【今日も一緒にプロレスを楽しみましょう!】PRIDEからハッスルまで 小川直也はいつ何時も猪木イズムを忘れず! (1/2ページ)

 1999年1月4日、東京ドーム大会で「掟破り」を橋本真也に仕掛けた小川直也。アントニオ猪木の教えが影響したのは確かだったが、猪木離れするきっかけになったことも間違いない。

 柔道時代もUFO入りした後も、対外的なことは指導者に任せてきた小川が、積極的に自己主張をするようになる。自ら発信しなければ、プロ格闘家として生きていけない。人任せでは限界があり、誤解も生じやすい。どうせブーイングを浴びるのなら、自分も納得したうえで嫌われようじゃないか。小川の考え方が一変した気がする。

 居場所を作るために、自分の言葉で自分の生きざまを表現する。いわば猪木イズムなのだが、小川が真の闘魂を身につけたと言っていいだろう。

 となれば、持ち前の格闘センスは人後に落ちない。厳しいトレーニングも食生活の節制も、自ら納得すれば苦労ひとつなくやってのけられる。鍛え上げた肉体に、キレとスピードが増し、テクニックも次々と習得していった。

 ダン・スバーンからNWA世界ヘビー級王座を奪い、PRIDEでゲーリー・グッドリッジを退けたのも当然のことだった。

 21世紀になると、恩讐を超えて、橋本とOH砲を結成する。四角いジャングルで、一線を越えて対峙した者同士の絆は、常人のそれとは違っていたのだ。ZERO-ONEのリングで大暴れ。黒のショートタイツがすっかり似合うようになっていた。

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