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【ロバート・ホワイティング サクラと星条旗】2つの「東京五輪」が描くコントラスト 「史上最高」と称賛された1964、人々を興奮させる要素に欠ける2020 (1/4ページ)

 東京オリンピックが間もなく始まる。

 東京に4回目の緊急事態宣言が発せられ、開会式は無観客と決定。選手はバブルの中に閉じ込められ外の世界との接触を制限され、海外からのリポーターたちの取材活動も大幅に制限された。東京で2回目となるオリンピックは第1回と大きなコントラストを描いている。

 1964年の東京五輪は米誌「ライフ」に「史上最高の五輪」と称賛された。開会式には海外からの客も含め8万人が詰めかけ、天皇陛下が開会を宣言された。その模様はすべてのスポーツ大会史上初めて、衛星テレビで世界に放映された。

 大会期間中、東京の町は選手、大会関係者、ジャーナリスト、観光客であふれた。都が用意した通訳たちが、特別な車に乗って街中を巡回。道に迷った外国人観光客に笑顔で接した。銀座、明治神宮、カフェ、クラブ、レストラン。町の至るところに、ガイドブックと地図を広げている外国人がいた。

 五輪の準備にあたって、東京は街並みを一変させた。多くの歴史家が「史上最も偉大な都市変容」と表現した。