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【清水満 SPORTS BAR】言葉ではなく結果で圧倒した「ミスターサイレンス」 大リーグ生活24年、そのほとんどを取材拒否で通した殿堂入り投手 (1/2ページ)

 1970年代から80年代にかけて米大リーグのフィリーズなどで活躍したスティーブ・カールトンという投手がいた。72年に27勝10敗、防御率1・97、310奪三振、30完投、346回1/3…。ビッグ・ピッチで初のサイ・ヤング賞に輝いた。

 そんな男が翌73年、13勝20敗で不振に陥ってメディアと険悪な状態になった。当時の報道、その後伝えられた資料などによると…。

 高校時代から東洋哲学に触れてヨガに興味を持っていたカールトンは、試合前の瞑想を通して心を整え、感情を抑える独特の調整法を常としていたという。西洋人からは奇妙に映る?!調整法、さらにプライベートな件に関する質問に心を乱されると判断したのだろう。その後、カールトンは一切の取材を拒否した。

 83年、そのフィリーズとオリオールズのワールドシリーズを取材する機会があった。そこで取材拒否の現実を見た。目の前にカールトンがいるのに、記者たちは近づけない。チームメートを捕まえてはこう質問していた。「スティーブは何を話していたんだい?」。

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