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【福島良一 メジャーの旅】パンチョさんは日米本塁打王の橋渡し役 プロ野球オールスター戦前に夢の競演 (1/2ページ)

 1973年、大リーグオールスターゲームの貴重なチケットをパンチョさんに手配してもらい初観戦。試合前のセレモニーで場内からひと際大きな拍手で迎えられた黒人選手がいた。それがハンク・アーロンだった。

 米南部アラバマ州モービルに生まれ、ニグロリーグでプレー。また、大リーグのブレーブスで華々しく活躍し、そのオールスター前に通算700号本塁打を達成。あのベーブ・ルースが持つ不滅の大記録まであと14本に迫っていたからだ。

 だが、「あの当時のことは記憶から消してしまいたい」と言った。なぜなら、彼がルースの記録を破るのは一部の白人優越論者に屈辱と映り、彼のもとに脅迫状や人種差別むき出しの手紙が殺到。「まるで悪夢のような時期だった」と振り返る。

 そんな中、74年4月8日の本拠地アトランタでのドジャース戦。4回裏、彼が放った打球は高々と左中間へ上がり、ルースの神話を超える715号ホームラン。周囲の重圧から解放され、喜びよりも「やっと終わった」という気持ちだった。

 その夏、全米各地を旅すると、アーロンの新記録達成を記念するポスターやバッジなどが至る所で販売されていた。大リーグの歴史を作った「世紀の一瞬」を褒めたたえ、新しいホームラン王の誕生を祝福。お祝いムード一色となっていた。

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