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【福島良一 メジャーの旅】ドジャース32年ぶり世界一でアイク生原氏を思う 日米野球の架け橋的存在 (1/2ページ)

 世界的パンデミックとも闘い続けた異例のシーズン、ドジャースが32年ぶり7度目の世界一に輝いた。グラウンドで大喜びするド軍の選手たちを見て真っ先に思い浮かんだのは、今は亡き先人への思いだった。

 われわれ日本の野球ファンにとって、ド軍はなじみのあるチームだ。1956、66年と日米野球で2度来日。61年には巨人がド軍のキャンプ地ベロビーチで合同練習。“ドジャース戦法”を徹底的に学び、日本シリーズ9連覇の礎を築いた。

 その後も巨人はド軍と友好関係を続け、75年の長嶋茂雄監督1年目など4度に渡りベロビーチキャンプを実施。88年には中日も星野仙一監督2年目のときにドジャータウンでキャンプを実現。そのために尽力したのがアイク生原氏だった。

 65年に本場の野球を勉強しようと、日米野球交流に尽力した元巨人軍顧問、鈴木惣太郎氏の紹介状を手に単身渡米。ド軍傘下のスポーケンで靴磨きから始まり、82年ピーター・オマリー会長補佐に就任。日米野球の架け橋的存在となった。

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