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【今日も一緒にプロレスを楽しみましょう!】緑の毒霧にご法度の流血… アントニオ猪木を狼狽させた武藤敬司 (1/2ページ)

 ライバルも、ベテランも、若手選手も、あらゆる対戦相手を掌に乗せ、翻弄してきたアントニオ猪木。紡いできた名勝負は数知れず。まさに唯一無二の存在と言っていい。

 ところが「神様仏様猪木様」がただ一人、思うように御すことができなかったであろうレスラーがいる。武藤敬司の化身グレート・ムタである。

 1994年5月1日、福岡ドーム大会で、猪木VSムタは実現した。5カ月前の1・4東京ドーム大会で天龍源一郎のパワーボムに沈んだ猪木は、51歳にして「引退ロード」をスタートさせており「FINAL COUNT DOWN」の相手として、武藤いやムタは猪木から指名された。

 この5年前の89年、政界進出を果たした猪木だが、スキャンダルに見舞われ、頼みの新日本プロレスでも存在感が危うくなっていた。起死回生の大勝負が、ムタを叩き潰すことだった。

 ところが、ムタのほうが一枚上手だった。プロレス脳の一部では猪木をもしのぎかねないといわれるムタ。ドーム用ファイトにもたけていた。スタッフが作業に使用するリングサイドのはしごを利用し、照明をも手中に収めていた。突然、暗転した福岡ドーム。後々、武藤が明かしたが、スタッフに指示した仕込みだった。

 身内をもだます事件。かつて猪木が得意とした「一寸先はハプニング」を武藤はやってのけた。武藤の思惑ほど暗くならなかったという誤算はあったが、もはやそこは「ムタワールド」だった。緑の毒霧を吐きつけ、猪木を流血までさせたムタ。当時、糖尿病に苦しめられていた猪木にとって、流血はご法度だった。

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