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【今日も一緒にプロレスを楽しみましょう!】ジャイアント馬場とアントニオ猪木、本当の仲は…生き方もプロレス哲学も対照的 (1/2ページ)

 ジャイアント馬場とアントニオ猪木。日本プロレス史に燦然と輝くBI砲の関係は、余人には想像もつかない。

 1984年4月4日、全日本プロレスの岡山大会をアポなし訪問した猪木はエプロンに近づき、リング上でリングシューズのひもを締める馬場と緊急会談。当時、猪木・新日本プロレスと馬場・全日本プロレスが苛烈な興行戦争を展開しており、その内容が注目された。

 試合終了後に馬場から「(猪木は)何しに来たと思う?」と聞かれた。馬場・猪木会談実現に浮かれていたため、思わず「えっ、何だったのですか?」と口にしてしまった。「じゃ、教えない」と馬場はそっぽを向いた。他に答えようがあったはず。今でも残念な思いが消えない。

 実は、その日、猪木は岡山駅近くにあった林原研究所を訪れていた。当時、環境問題に取り組んでおり「金策の一環だったのでは?」とささやかれた。後々、猪木に聞いてみたが「何だったかな? フフフッ」と、はぐらかされてしまったきりだ。

 この時もそうだったが、日本プロレスの同期の2人は、馬場が5歳年上とあって、兄と弟のようだった。にこやかに語り合う姿が何度も目撃されている。

 ライバル関係を煽るのは興行的にも2人にとって、メリットがある。実際、2人の存在が大きくなるにつれ、入門した頃の様にはいかなくなった。愛憎半ばする、というのが本当のところではないか。

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