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習氏が語る中国は巨象ならぬ“虚像” 歴史的指導者としての地位協調も「結局、毛沢東にはなれない」 大原浩氏寄稿 (2/3ページ)

 台湾や日本海、南シナ海での「有事」の可能性について中国が強気の姿勢を崩さないのは「毛沢東2世」を目指す習氏の国内向けアピールの側面が強いと考える。

 しかし、習氏は毛沢東のようになれるのであろうか。

 毛沢東は西側推計で8000万人を死に追いやったとしてヒトラーやスターリンと比較される存在だが、特定の民族に対しての攻撃という批判はない。それに対して現在のウイグル問題はジェノサイド(民族大量虐殺)と非難されており、習氏に対する西側の評価はより厳しいともいえる。

 意外に思われるかもしれないが、毛沢東は「国際政治」に抜群のセンスを持っていた。それを端的に示すのが1962年の中印国境紛争である。

 人民解放軍は圧勝し、インドは大混乱になったのだが、大方の予想に反して毛沢東は撤収を命じて元の国境線まで戻った。しかも、インド兵の捕虜に人道的な扱いをした上で武器も返還し、その様子をニュースフィルムに収めて世界に配信した。「同じ発展途上国を侵略した許しがたい国」として、西側全てを敵に回す愚を避けたのだ。

 71年7月のニクソン訪中宣言も、毛沢東の政治手腕の見事さを示した。同年4月、名古屋市で行われた世界卓球選手権において、米国選手団の1人が誤って中国選手団のバスに乗り込んだ「事件」をきっかけに始まったピンポン外交は、偶然の産物ではある。しかし、偶然をチャンスに変える体制を整えていたから「米中国交回復」という果実を得ることができたのだ。

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