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【軍事のツボ】戦没画学生慰霊美術館「無言館」が直面する危機 (1/5ページ)

 長野県上田市の美術館「無言館」は、主に第二次世界大戦で戦没した画学生らの遺作を収集、修復、展示している。遺作は約130人、約600点にのぼる。窪島誠一郎館主(80)が1997年に設立したが、新型コロナウイルスの影響で来館者が激減し苦境に陥っている。さらに近年は遺族も次々と他界。第二次世界大戦の記憶をとどめようとするほかの施設同様、「次世代への継承」が待ったなしのテーマになっている。

 無言館は上田市中心部から直線距離で約7キロの小さな山にある。現在、頂にある「無言館」、少し下の「第二展示館」、ふもとの「KAITA EPITAPH 残照館」の3棟で作品を展示している。画家の卵たちの作品だから、技術的には未熟ともいえる。しかし迫力は圧倒的だ。

 「ひとえにひたむきだから。邪念がない。賞をもらおうというのが1点もない。それがすごい。久しくそういう心をわれわれは忘れている。それに涙ぐむ。自分で見ていてもしっかりしなくてはと思う」

 窪島氏は作品が人の心を揺さぶる理由を説明する。家族、近所の風景など何気ない日常を描いたものが多い。あの時代だからこそ、作品に対する真剣さが違うのかもしれない。

 窪島氏は戦後経済成長の波に乗りスナック経営で成功。一方で「絵描きになりたかった男」でもあり、明治・大正時代の洋画家、村山槐多などの作品を収集していた。そのなかで、洋画家で東京芸大名誉教授の野見山暁治氏と出会い、「彼から戦争で仲間がたくさん死んだと聞いた」ことが戦没画学生の遺作を集めるきっかけになった。