【意外と知らないディズニーとチャップリン】ウォルト憧れの喜劇王・チャップリンの忠告「作品の権利は手渡すな」 - zakzak:夕刊フジ公式サイト

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【意外と知らないディズニーとチャップリン】ウォルト憧れの喜劇王・チャップリンの忠告「作品の権利は手渡すな」

 コロナ禍でエンタメが揺れる中、長年にわたって人々の心に潤いを与えているのがディズニーとチャップリンだ。『ディズニーとチャップリン エンタメビジネスを生んだ巨人』(光文社新書)を上梓した演出家、大野裕之氏がこの2者の不思議な関係を読み解いた。

  

 アニメの人気キャラクターから自治体のゆるキャラまで、巷には多くのキャラクターがあふれているが、中でも世界で一番有名なのはミッキーマウスだろう。1928年に誕生して以来、世界中の子供たちの人気者だ。

 他方、実写キャラクターの元祖といえば、チャップリンが演じたちょび髭の放浪紳士だ。14年に映画デビューしたチャップリンは「歴史上初めての世界的大スター」となった。

 チャップリンとディズニーはエンタメ界の双璧だが、これまで両者を比較した研究はなかった。この2人の巨人について考えることは、メディア時代の現代を考えるヒントとなるだろう。

 俳優になりたかったウォルト・ディズニーは、小学生の時に地元の「チャップリン物まねコンテスト」で優勝して賞金を得た。ウォルトが初めて稼いだお金は「チャップリンの物まね芸」だったのだ。

 ウォルトは俳優の才能に見切りをつけ、アニメーターの道を歩むが、喜劇王への憧れは変わらなかった。「私はチャップリンのすべてのギャグをまねした。彼の映画は、ただの1本も見逃したことはなかった。彼は私のアイドルだった。彼の喜劇、その繊細さ、あれやこれやを私は常に感嘆していた」とウォルトは語っている。

 チャップリンが次々と世界的ヒット作を発表していた20年代に、ウォルトはアニメの製作を始めた。『しあわせウサギのオズワルド』はそこそこのヒットになったが、著作権をすべてユニバーサルに取り上げられてしまう。失意にめげずミッキーマウスを生み出し、彼もハリウッド・セレブの仲間入りを果たした。

 ついに30年代初頭、ウォルトは憧れのチャップリンに初めて面会する。その際に、喜劇王に「僕も君のファンだよ」と言われ、有頂天になった。

 同時に芸術家であり経済的センスを兼ね備えたチャップリンは、自分の他に若い天才が現れたことを見抜いて、現実的な忠告をする。「だけど、君が自立を守っていくには僕がやったようにしなきゃ。つまり、自分の作品の権利は他人の手に渡しちゃだめだ」

 ウォルトはこの忠告を生涯守った。チャップリンの一言は、現在のディズニー社の興隆へとつながっていった。

 ■大野裕之(おおの・ひろゆき) 脚本家、演出家。1974年、大阪府生まれ。京都大学在学中に劇団「とっても便利」を旗揚げ。日本チャップリン協会会長。脚本・プロデュースを担当した映画に『太秦ライムライト』(第18回ファンタジア国際映画祭最優秀作品賞)、『ミュジコフィリア』(11月19日公開予定)。主著に『チャップリンとヒトラー メディアとイメージの世界大戦』(岩波書店)など。

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