記事詳細

【古林教授の本日もまくり不発(泣)】競輪と競馬の両方が開催された奈良

 「いにしへの 奈良の都の八重桜、けふ九重に にほひぬるかな」

 本日は古都奈良ということで、格調高く和歌でスタートです。

 奈良競輪場は昔競馬場だったとのことです。もっとも、今のバンクが競馬場のコースだったわけではないようです。競馬のコースで1周333メートルはないですわな。

 地形図で競輪場付近をを見ると、神功皇后陵と競輪場の間に競馬のコースを思わせる形状が見て取れます。残っているもんですねぇ。

 『地方競馬史』や『競輪十年史』などの書物を見ると、奈良競輪は昭和25年度から施行され、奈良競馬は昭和25年度まで開催されたことがわかりました。

 つまり、昭和25年度は競輪と競馬の両方が開催されたわけです。

 開催成績を比較すると、競輪は54日間の開催で、車券発売額は4億7000万円。競馬のほうは18日で馬券はわずか2100万円ほどしか売れていません。競輪の圧勝です。これでは競馬を止めたのも、むべなるかなです。

 ちなみに、昭和24年12月1日の奈良競馬の登録馬主数は63、免許騎手数は5、登録馬数は馬主数より少ない53頭。どうやって競馬をやったのでしょう? 近辺の競馬場から馬や騎手をかき集めてたんでしょうね。

 さて話を現在へ戻し、奈良FIナイター初日のS級特選12R。ここは古性が頭ひとつ抜けている印象です。竹内が逃げても、山本が逃げても、古性がひとまくりでしょうが、そこは短走路の奈良バンク。竹内の逃げ粘りもあるかも、ということで、〔3〕-〔7〕-〔1〕〔5〕〔4〕に、〔3〕-〔1〕〔5〕-〔1〕〔5〕〔7〕、それに2車単で〔1〕⇔〔5〕を少々の計9点。

 「いにしへの 奈良の都の七車立て、けふ九重に かせぎぬるかな」 

(北海学園大学経済学部教授)

■古林英一(ふるばやし・えいいち)1958年兵庫県尼崎市出身。1982年京都大学農学部水産学科卒業。2000年4月から北海学園大学経済学部教授。農学博士。専門は環境経済学、公営競技。1999年から2011年まで中央畜産会の軽種馬生産費調査に参加。01年10月から03年9月北海道地方競馬運営委員。06年ばんえい競馬の存続運動に参加。11年12月日本ウマ科学会学会受賞。経済学者の視点でばんえい競馬、公営競技について研究。論文多数。近著に「ばんえい競馬今昔物語」(クナウマガジン、2019年)。