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【内田浩司のまくり語り】最強117期軍団が快進撃!この大波は止まりそうにない

 オレが修善寺で修業したのは昭和57年(1982年)。日本競輪選手養成所がまだ、日本競輪学校と呼ばれていた遠い昔の話だ。

 当時は若き日の中野浩一さんが外国勢をなぎ倒し、毎年世界チャンピオンになっていた。宿舎のげた箱の壁には、大スターの中野さんと菅田順和さん(36期引退)のパネルが飾られていたな。

 あのころは春入学(奇数期)と秋入学(偶数期)で年2回の試験があった。奇数期は主に高校大学の現役組が卒業見込みで受験し、偶数期は再チャレンジ組が多かった。

 当然エリートが多数在籍する奇数期のほうがレベルは高く、新聞の特集記事にはいつも「史上最強の○○期」とか見出しが載った。オレの51期も「史上最強軍団」などと持ち上げられたが、一人のタイトルホルダーも輩出できなかった。

 ところが今、最強の軍団117期が競輪界を飲み込もうとしている。別府GIIIでは山口拳矢が松浦悠士を沈め、松山GIIIでは町田太我が117期でGIII優勝一番乗りを果たした。

 16日には佐世保FII(第1回ヒラマサカップ)で熊本の松本秀之介が特進し、117期のS級戦士は11人となった。この大波は止まりそうにない。

 17日からは岸和田でGI高松宮記念杯が始まった。山口拳矢、寺崎浩平が2次予選へ駒を進め、山口が3着で準決勝に進んだのはさすがだが、なぜかまた消極的なレースをやっている。今は結果以上に内容が求められる時期なのに。モデルチェンジは順調だったが、なぜ別府GIIIの対松浦戦のような走りをしなかったのか?

 ナショナルチームのブノワコーチはライン戦を否定し、個の勝利を追求するように言う。しかし、オレは思う。競輪は4年に1回のオリンピックや年1回の世界戦とまったく違う。オフがなく日々のレースの積み重ねで「格」という評価が決まっていく。ラインとは無用な争いを避ける忖度や談合のように、いかにも日本的なものかもしれない。しかし、もし競輪にそれが存在しなかったら、やっぱり面白くないと思うな。

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 いわき平最終日の11Rチャレンジ決勝に原大智(宮城117期)が連勝で乗ってきた。以前に比べ、走りに自信もうかがえる。決勝もブレないで自分のレースができるかな。楽しみだ。 (元競輪選手)

 ■内田浩司(うちだ・こうじ)1962年8月26日生まれ。福岡県出身。83年4月に51期生としてデビューし、S級上位で活躍。2015年10月29日に引退。通算435勝、優勝34回(記念Vは92年門司記念など6回)。FI先行・吉岡稔真(としまさ=福岡・65期)元選手の兄弟子で連携は多数。実直な性格と厳しい指導から“鬼軍曹”として恐れられていた。夕刊フジ競輪面にコラム『当てちゃる券』を執筆。『まくり語り』を連載中。競輪祭では特別コラム『小倉競輪祭 なう&リメンバー』を執筆。