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【昭和歌謡の職人たち 伝説のヒットメーカー列伝】作曲家・森田公一 深夜でも釣りに行くタフさ培った“青春時代” (2/2ページ)

 時がたち、評価が見直されることが音楽の世界にもある。68年に森山良子が歌った『愛する人に歌わせないで』(森田さんの作詞作曲)といった曲は、半世紀過ぎた今、現代の若者の響きで聴いてみたいものだ。

 40年、北海道は留萌の出身で、生まれたとき父親は軍隊に入っており、7歳のときに復員された。その間は母親に育てられ、大変な苦労をしたそうだ。

 高校を卒業して1年ほど働いたのは、音楽の仕事に就くという夢を実現するための資金集めだった。上京すると日大芸術学部で作曲を学び、クラシックやジャズも勉強した。夜はクラブのピアノを弾いて稼ぎ、がむしゃらに生き抜いた。仕事終わりで夜中から釣りに出かけるタフさも、そのあたりが原動力になっているのかもしれない。

 苦労を苦労としないバイタリティーは、森田さんの真骨頂だった。

 ■森田公一(もりた・こういち) 1940年2月25日生まれ、81歳。

 ■篠木雅博(しのき・まさひろ) 株式会社「パイプライン」顧問、日本ゴスペル音楽協会顧問。1950年生まれ。73年、渡辺プロダクションに入社し渡辺音楽出版を経て、東芝EMI(現ユニバーサルミュージック)入社。制作ディレクターとして布施明、アン・ルイス、大塚博堂、五木ひろしらを手がけ、椎名林檎や石嶺聡子のデビューを仕掛けた。2010年に徳間ジャパンコミュニケーションズ代表取締役社長に就任し、リュ・シウォン、Perfumeなどブレークアーティストを輩出してきた。17年に退職し、現職。

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