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【出門英さん没後30年 よみがえる愛の奇跡】めっきり減った仕事…救ったのは勝新太郎さん 厳しくしごかれ、俳優業開花 ヒデロザ復活後は司会や作曲も (1/2ページ)

 勝新太郎さんは不倫問題や事故を起こしてどん底にいる俳優に救いの手を差し伸べる、人情家としても知られている。1975年2月の挙式後はロザンナが産休に入り、めっきり仕事が減って苦戦していた出門英(ヒデ)さんに、勝さんは『痛快! 河内山宗俊』(フジテレビ系、75年10月~76年3月放送)の出演をオファー。役は河内山の手下で、主役に次いで出番の多い片岡直次郎である。

 ドラマの初レギュラー出演、そして挿入歌『いつの日か人に語ろう』(詞・有馬三恵子、曲・中村泰士)を移籍したワーナーパイオニアから発売というオマケまで。すべて勝さんの計らいだ。ヒデさんは頬を何度もつねって喜んだという。ロザンナは出産の直前であった。

 その年の9月末、勝プロ番だった私は陣中見舞いがてら、撮影現場を訪ねた。休憩時間のヒデさんは勝さんと将棋に夢中だったが、声をかけてみた。

 「オーナー(勝さん)、ヒデさんの直次郎はどうですか?」

 「甘い顔がニヒルにも化けるし、面白いねぇ。特に丑松(火野正平)との絡みが絶妙」

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