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【艇王・植木通彦 不死鳥伝説】早朝6時からの訓練で「5分前集合」徹底! 早めの準備、アイデア模索…今でも習慣に (1/2ページ)

★養成所時代(1)

 不死鳥は高校2年在学中に日本モーターボート競走会のボートレーサー養成所の試験に合格。1985年10月、富士山のふもとの本栖湖にある養成所に入所した。レーサーの卵時代の話を--。

 当時のボートレーサー応募年齢枠が17歳以上だったので、高校2年の秋に一時休学して山梨県の本栖養成所に最年少で入所しました。

 初めて養成所に行ったとき、富士山を目の前で見たことがなかったので、とても感動し、とにかく空気がおいしいと感じました。ちなみに現在の1000円札や旧5000円札の裏面には、本栖湖から望む富士山の姿が描かれていますが、それを毎日目にするわけです。

 それから1年間の養成訓練を受けることになりました。当時はボートレース自体をあまり知らなかったし、機械にも触ったことがなかったので、すべてが初めて体験することばかりでした。入所前に、たくさんの方々から激励をいただき、期待も大きかったので、ボートレーサーに必要なことをひとつひとつ頭にたたきこみ、体で覚えていこうと、同期のみんなにおくれないよう必死に頑張りました。

 訓練は6時起床で始まります。起床時には5分前から小鳥のさえずりと小川のせせらぎの音が流れ、その後スピーカーから大音量のブザーが鳴って起床します。各自ベッド内で準備をして万全な状態で起床しました。

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