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【元巨人 クロマティが斬る】本当の父だと思っていた、かつてのニグロリーグの有名選手 私に野球と人生を教えてくれた男 (1/2ページ)

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 今日は私の生い立ちを少し紹介したい。

 私は1953年9月29日、米フロリダ州マイアミビーチで生まれた。最初の名前はマーク・グレース。母がリバーシティというマイアミの貧しい町に住んでいたときに、一緒に暮らしていた男の姓を名乗った。

 それが8歳のとき、ウォーレン・クロマティとなった。母がその男と別れ、ニグロリーグ(かつて存在したアフリカ系アメリカ人のリーグ)の「インディアナポリス・インディアンス」で有名選手だったリロイ・クロマティと知り合い、一緒に暮らすようになったからだ。

 リロイは第二次大戦中、あのジャッキー・ロビンソンと一緒にプレーしたこともあった。戦後にマイアミ市の職員となり、リバーシティの子供たちを指導しているうちに母と知り合ったのだった。彼は近所のリーダーだった。

 私をとてもかわいがってくれて、野球の基礎を教えてくれた。ニグロリーグ時代の写真を見せてくれて、ヤンキースの話もしてくれた。ヤンキースは彼の大好きなチームだったが、まだ大リーグは人種の壁が破られていない時代で、彼がヤンキースでプレーする機会はなかった。私は彼と一緒に白黒テレビでヤンキース戦を見た。

 私は少年時代、地元チームの一員として試合に出場し、三塁ベースを踏まずに本塁へ突入し、アウトになって試合に負けたことがあった。そのとき、リロイはいったんチームバスに乗った私を降ろし、もう1度球場に戻って三塁ベースにタッチして来るよう命じた。

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