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【元巨人 クロマティが斬る】「王さんは私を“日本野球のマスター”と呼んだ」 打撃を教えてくれた大恩人 (1/2ページ)

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 王貞治さん(現ソフトバンク球団会長、78)と約1年前に夕食をともにした。

 東京・麻布の韓国料理店の奥の部屋で、昔話に花を咲かせた。当時、衛星放送の「ヒストリーチャンネル・ジャパン」が私のドキュメンタリーを制作中で、王さんはその中で私のことを「日本野球のマスター」と呼んでくれた。

 王さんが最初に私をこう呼んだのは、1980年代だった。場所は六本木の焼き鳥店。当時、私はその言葉に涙した。文字通り泣き出してしまったのだ。「今、死んでもいい。天国に行ける」と思ったものだ。あれから30年。番組の中で王さんがそっくり同じ言葉を言ってくれたのは、本当にうれしかった。

 日本流の打撃を教えてくれたのが王さんだった。1984年の来日当初、私は日本人投手の変化球にてこずり苦しんでいた。

 それを見た当時監督の王さんは、左肘と脇腹の間に本を挟んで打撃練習をしてみてはと助言してくれた。これによって私はコンパクトなスイングを身につけ、ボールをバットの芯でとらえる確率を高めていった。王監督退任後の89年、私は自己最高の打率・378をマークして首位打者に輝き、チームも日本一になったが、それも王さんのおかげだ。

 「野球のマスター」というのは、私に対する最大級の褒め言葉であり、特別な意味がある。完璧な技術を身につけたという意味のほか、逆境をはねのけ、未知の食事、慣習、日本流の戦い方に慣れたことに対する賛辞も含まれていた。それは大変なハードワークだったが、達成した“ガイジン選手”は決して多くなかった。他に強いてあげれば、バース、リー兄弟くらいか。

 打撃に関しては王さんが誰よりもよく知っていた。バットを構える位置、体のバランス、手首の返し方。私はスランプに陥るたびに、王さんの元に行った。

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