記事詳細

原氏が獲り、高橋監督が育て、原氏が“おいしく頂く”因縁 岡本“托卵”成功…今季大化け打率3割・30本塁打・100打点 (2/3ページ)

 これが9月13日以来、約1カ月ぶりのアーチ。翌14日の試合で右手指に死球を受けて以来、打点も本塁打もぱったり止まってしまい、100打点は極めて困難な状況に追い込まれていたが、この日の大爆発で最終成績は打率・309、33本塁打、100打点。巨人の4番にふわさしい堂々たる数字を残した。

 2014年ドラフトで巨人が単独で1位指名。スカウト陣は即戦力の先発右腕、早大・有原(現日本ハム)らを1位に推したが、当時の原監督が次代の4番候補として智弁学園高で通算73本塁打の岡本を猛プッシュ。当時は一塁しか守れず、脚力もない「打つだけの選手」という評価から他球団が二の足を踏む中で、1本釣りに成功した。

 当時の巨人は3年連続優勝も、CSファイナルステージで阪神によもやの4連敗敗退。球団首脳が大物OBの松井秀喜氏を後継監督の筆頭候補と公言する異様な状況下、契約最終年の翌15年は日本一奪回が至上命題にも関わらず、原監督は未来の長距離砲に先行投資した。

 元巨人ヘッドコーチで夕刊フジ評論家の須藤豊氏は「その年の春にはもう、原監督は『岡本を早く上で使ってみたい』と熱っぽく話していた。坂本を中心選手に育てたが、4番までは見込めない。自分でドラフトで獲って、一人前のホームランバッターに育てたいと思ったのだろう」と明かす。

 ヤクルトとの優勝争いのさなかの8月下旬に1軍に呼ばれた岡本は、3打席目で公式戦初安打となるプロ1号本塁打。だがV逸の原監督が志半ばで退任すると、後任の高橋監督のもとで伸び悩んだ。16年の1軍出場は3試合のみ。昨季も同15試合にとどまり、ここ2年間はノーアーチだった。

関連ニュース