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「前略、高橋由伸様」最も嫌われた夕刊フジの“出禁”記者が最後に送るメッセージ「あなたの最大の不幸は…」 (3/3ページ)

 昨年のシーズン終了報告後に囲み取材で私と激論になった際、あなたは若手を起用して負けた場合の報道姿勢をただし、私が「ファンは若い選手を見たいんだと思いますよ」と答えると、「ファンのことは聞いてない。たたくか、たたかないか」と尋ねました。

 暴論だと思います。報道陣の先にファンがいるという終身名誉監督の教えは、いつまでも実践されませんでした。この発言をたしなめるどころか、加勢してきたあなたの側近にも言葉を失いました。周囲に恵まれなかったことが、結局あなたの最大の不幸でした。

 今でもよく覚えています。1996年春の神宮球場。早大1年生の私は初めての早慶戦で、敵軍の主砲だった高橋由伸の圧倒的な存在感と、まともな勝負ができない自軍投手のふがいなさに、胸をかき乱されました。

 注目された進路はまさかの巨人。あなたの意思がどれだけ反映されたかは知りません。3年前の電撃的な現役引退と監督就任には番記者として接しましたが、こちらもあなたの意思がどれだけ反映されたかは分かりません。ただ今回、山口オーナーが説明した通り、続投要請を断って自ら身を引いたとすれば、あなたが最後は意志を貫けたことに敬意を表します。

 山口オーナーは「高橋由伸はジャイアンツの宝」と話しました。ならば球団にはもっと大切に、必要なら時に厳しく名監督へ育て上げる覚悟を持ってほしかったです。長い歳月と多大な金額を投じて積み上げた、生え抜きスターの価値はわずか3年で暴落。ファンは「こんな由伸は見たくなかった」と深く傷ついています。

 オーナーの「再びジャイアンツのユニホームを監督として着てくれることを願う」という言葉をどう受け止めるかは分かりませんが、ユニホームを脱いだらまずはゆっくり休んでください。もう私に記事でたたかれることもありませんから。

  草々

 ■笹森倫(ささもり・さとし) 1977年9月、青森市生まれ。雑誌ライターなどを経て、2004年入社。07年から野球担当。

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