記事詳細

巨人次期監督候補に浮上、中畑清氏と原辰徳氏 37年間の因縁 (1/2ページ)

 日本シリーズ出場の可能性を残してはいるものの、ひどい負け方が続く読売巨人軍。高橋由伸・監督(43)の責任論に火がつき、次は誰か……名前が挙がったのは絶不調のチーム立て直しにはうってつけの「絶好調男」中畑清・前DeNA監督(64)だった。しかし、「中畑監督就任」は一筋縄ではいかないとの見方もある。

 実は中畑氏に白羽の矢が立つのは今回が初めてではない。2004年10月、3位に終わった堀内恒夫監督(70)の続投が決まった翌日に、系列紙であるスポーツ報知が「中畑氏への助監督要請」を報じている。

 「報知が報じたことから、この人事は前オーナー・渡辺恒雄氏や当時の滝鼻卓雄・オーナーの意向だったとみられている。しかし、中畑氏は辞退した。フロントは“断わられることはない”と思っていただけに、赤っ恥をかかされ、それから中畑氏の招聘は永遠になくなったと見られていた」(スポーツ紙デスク)

 また、原辰徳・前監督(60)の“3度目の登板”を推す声も依然強い。8月中旬に開催されたゴルフのシニアツアー「ファンケルクラシック」に参加した原氏は、「野球界にしっかり目を向ける。僕が(ゴルフツアーに)出ることはもうないと思う」と語ったことが報じられた。

 由伸巨人がBクラス落ち危機にある中でその言葉を聞いた記者たちの中には、「もう一度、巨人監督を引き受ける意志を表明した」と受け止めた者も多かった。

 巨人入団時の打撃コーチだった縁から松井秀喜氏(44)との距離が近く、「松井」というカードを持つ中畑氏、監督として文句のつけようのない実績を誇る原氏。2人の“因縁”は、オールド巨人ファンにはある種の感慨とともに受け止められる。

 大学球界で強打のサードとして鳴らした原が1981年に入団した時、三塁には中畑がいた。どちらをレギュラーにするかで当時の藤田元司・監督(故人)は悩みに悩み、最終的に原はセカンドにコンバートされて開幕を迎える。ところが5月に中畑が負傷。そこから原はサードを任せられ、中畑は復帰後ファーストにコンバートされた。師と慕う長嶋茂雄氏の“聖地”を後輩に奪われ、それから10年以上「サード・原」の時代が続いた。

NEWSポストセブン

関連ニュース