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宮原、メダル一歩及ばず「今度はメダルを取りたい」 平昌五輪

 平昌五輪第15日(23日、江陵アイスアリーナ)フィギュアスケート女子フリーでショートプログラム(SP)4位の宮原知子(さとこ、19)=関大=は、合計ともに自己ベストの得点をマークしたが、メダルに一歩及ばず4位だった。

 顔をくしゃくしゃにして、宮原が小さな体全体で突き上げるようなガッツポーズをつくった。「ここまできたら、メダルが欲しい」。珍しく口にした欲を実現することはできなかったが、「自分のすべてを出せた」という表情には達成感もにじみ出ていた。

 最終滑走の1番目。リンクサイドでいつものように浜田美栄コーチと額を合わせると「この会場を知子の色に染めなさい」と送り出された。

 強い女性をテーマにしたフリー曲「蝶々夫人」。ショートプログラム(SP)で回転不足を解消できた2連続3回転ジャンプをしっかり跳び、前日の練習で入念に確認した演技後半の3回転サルコーを含め、ジャンプのミスは一つもなかった。

 左股関節の疲労骨折後から取り組んだ、臀部(でんぶ)の筋肉を使うことを意識して跳び上がる練習が実を結んだ。五輪開幕まで1カ月を切っても、理想のジャンプを手にできない中であきらめずに続けた努力の報いだった。

 シニアに上がった当初は報道陣の取材にもマイクが欠かせないほどの恥ずかしがり屋。初めて出演した5歳のときの発表会では緊張から大泣きし、滑ることすらかなわなかった少女の変貌は目を見張る。指先まで神経を研ぎ澄ませた演技で会場を魅了。豊富な練習量に裏打ちされた自信に背中を押され、五輪のリンクで堂々と演じきった。

 両親と同じ医師の道を目指したいという目標もある。だけどスケートも続けたい。「五輪に戻って、今度はメダルを取りたい」。新たな目標はスケートファンを喜ばせるに違いない。(産経新聞、田中充)

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