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【高校野球 新・名将列伝】試合中に急逝した恩師が「逃げるな」の遺言 花咲徳栄・岩井隆監督、悲劇に耐えた選手を初の甲子園へ (1/2ページ)

★花咲徳栄・岩井隆監督(1)

 恩師の“遺言”を心に刻んで戦ってきた。今夏、春夏を通じ9度目の甲子園で悲願の初優勝を果たした埼玉・花咲徳栄の岩井隆(47)は、「おやじがどこかで見て、守ってくれたんだと思う」とつぶやき、「逃げない野球が貫けた」と続けた。

 「逃げるな」

 それは稲垣人司の最後の言葉でもあった。

 埼玉県川口市で生まれた岩井は、小3で始めた野球に自信があった。高校は埼玉県内の強豪校を目指したが、体が小さいことを指摘されて断られる。「大きい選手を集めて長打で勝つ、という野球をしていた。自分は必要とされなかった」。

 ショックを受けた岩井は野球まで諦めようとした。だが、友人の付き添いで創価(東京)の練習を見学に行き、「運命の人」に出会った。

 監督をしていた稲垣の言葉に感激した。「体が小さいからって何なんだ。誰が本塁を踏んでも1点。180センチの選手なら2点になるなんてことはない」。15歳の岩井はこの時、「この人に一生付いていくと決めた」。

 稲垣が翌年から桐光学園(神奈川)に移ると聞くと、どこにあるのかも知らなかった学校に入るために猛勉強して合格。3年間で「理屈っぽい僕に野球をわかりやすく教えてくれた」。ただ、試合に使ってくれないことには反発。その度にビンタを食らった。

 東北福祉大を出ると、花咲徳栄で指導していた稲垣から声が掛かり社会科教師として赴任。コーチとなって9年目の2000年(平成12年)10月に、忘れられない出来事が起きる。

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