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【昭和のことば】放射能汚染の問題は古くて新しい問題 「死の灰」(昭和29年)

 この年の3月1日、ビキニ環礁東北東800カイリ付近で操業中のマグロ漁船第五福竜丸(99トン)が、アメリカが行った水爆実験の放射能を浴びた。全従業員23人が頭痛吐き気などの原爆症症状を訴え、これを読売新聞が報じ、「死の灰」と名付けた。同年9月、船長が死去。翌年8月に広島で「第1回原水爆禁止世界大会」が開催された。

 一部誤解されているが、水着の「ビキニ」の名称は、この水爆実験ではなく、1946年にビキニ諸島で行われた原爆実験に由来する。

 この年の主な事件は、「皇居に約38万人が参賀。二重橋で将棋倒しが起こる」「犬養健法相、造船疑獄関連で自由党の佐藤栄作幹事長逮捕阻止に指揮権発動」「改正警察法、防衛庁設置法、自衛隊法が公布」「原水爆禁止署名運動全国協議会結成」「日本中央競馬会発足」「台風15号暴風雨下の青函連絡船『洞爺丸』が座礁転覆」「吉田茂内閣総辞職、第1次鳩山一郎内閣成立」など。

 この年の映画は『七人の侍』『二十四の瞳』『ローマの休日』(洋画)。シャープ兄弟と力道山・木村組のプロレスタッグマッチ、日本初の国際試合が蔵前国技館で行われ、街頭テレビなどで、人々は力道山の「空手チョップ」に熱狂した。

 放射能汚染の問題は古くて新しい問題だ。原爆投下、放射能漏れ事故、津波によるメルトダウン。幾度もショッキングな事故に見舞われながら、ときにはおびえ、ときには反省し問題提起もするが、喉元過ぎればふとその存在を忘れ、「その危機」を当たり前のようなものとして認識してしまう。偉そうに言いたくはないが、10年前の「例の事故」はどうなった? 放射能は、コロナにおとなしく道を譲るようなタマじゃない。 =敬称略

 (中丸謙一朗)

 〈昭和29(1954)年の流行歌〉 「ひばりのマドロスさん」(美空ひばり)「高原列車は行く」(岡本敦郎)「お富さん」(春日八郎)