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【日本の元気 山根一眞】父が手がけたアニメ「白蛇伝」製作記録を発見 構想ノートや公開にいたるまでの日誌も (2/2ページ)

 終戦直後の昭和23(1948)年、父は、人形劇団「テアトル・プッペ」を創設した。演目は欧州の伝統的な人形劇が中心で、後に高名となる若い作家、音楽家、画家、照明家たちが父の元に参集。戦争が終わった解放感と、あふれんばかりの創造熱が新しい芸術表現としての人形劇に結実、連日の公演を続けていた。

 後にこの劇団員がまるごと東映に移籍、父とともに人形劇映画の製作を始めた。それがひとつの母体となって東映動画(現・東映アニメーション)が設立され、日本初の長編アニメの創作に向かったのである。

 つまり、白蛇伝は人形劇団テアトル・プッペの活動を抜きにしては語れないということも資料で得た再発見だった。そのテアトル・プッペの記録も膨大に残されていた。テアトル・プッペの工房は私の自宅だったため、私はその創作現場の中で生まれ育ったが、3~4歳頃から劇団の活動や団員のことを鮮明に記憶している。となると、人形劇からアニメへとたどったヒストリーをまとめられるのは私しかいない…。

 父の遺品では廃品回収業者のトラック数台分を廃棄処分したが、弟とともに丹念なより分け作業を行ってよかったと思う。だが私も弟も70代に入っており、その作業は苦行の日々だった。

 今、親の遺品整理をする人たちの多くは高齢者ゆえ、遺品をまるごと処分業者まかせにするケースがきわめて多い。幸い私たちは、父が残した貴重な資料を失わずにすんだが、同様の貴重な「文化遺産」が多々失われているはずだ。「遺品見立て屋」のような専門職がいればいいのになと思うことしきりだ。

 ■山根一眞(やまね・かずま) ノンフィクション作家、福井県年縞博物館特別館長。愛地球博愛知県総合プロデューサーなど多くの博覧祭も手がけてきた。近刊は『理化学研究所 100年目の巨大研究機関』『スーパー望遠鏡「アルマ」の創造者たち』。「山根一眞の科学者を訪ねて三千里」(講談社)を連載中。理化学研究所名誉相談役、JAXA客員、福井県交流文化顧問、獨協大学非常勤講師、日本文藝家協会会員。

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