記事詳細

【昭和のことば】「日本がナンバーワン」は憧れの西洋人から!? ジャパン・アズ・ナンバーワン(昭和54年)

 ニッポンこそナンバーワン。完全に調子に乗ったことばである。そして、このことばは当の日本人から発せられたのではなく、憧れの西洋人から言われたのだから始末に悪い。

 かぶとの緒を締めることなく、その後のバブル経済崩壊へと突き進み、国民をあげて痛い目にあった。「ジャパン・アズ・ナンバーワン」とは、アメリカが現状を打破するためには、(当時経済的に絶好調であった)日本を見習うべきだという趣旨で書かれたベストセラー(ハーバード大教授のエズラ・F・ヴォーゲル著)のタイトルである。

 この年の主な事件は、「初の国公立大学共通一次試験実施」「第2次石油危機始まる」「大阪市住吉区の三菱銀行北畠支店で人質事件発生」「第5回先進国首脳会議(東京サミット)開催」「東名高速道路日本坂トンネルで玉突き衝突事故発生」「千葉県君津市の神野寺で虎2頭が逃走」「上野動物園のパンダ・ランランが死去」「成田空港でKDD(国際電電)社員による高級ブランド品持ち込みが発覚」「国鉄のリニアモーターカー、走行テストで時速504キロを記録」など。

 スポーツでは、江川卓投手が巨人軍に入団決定。ソニーの「ウォークマン」が発売。街ではヘッドホン姿の若者が見られるようになった。

 この当時、日本の高度経済成長を支えた「日本的経営」(終身雇用、年功序列、企業別労働組合)が、その成功の要因だと脚光を浴びた。また、日本人の読書量や学習意欲なども評価された。雇用の流動化、組合機能の低下、冷淡な実力主義、消えつつある学習意欲。かつて存在したすべての利点が失われつつある。ナンバーワンではなくオンリーワン。その転換自体が悲哀に満ちている。(中丸謙一朗)

 〈昭和54(1979)年の流行歌〉 「魅せられて」(ジュディ・オング)「おもいで酒」(小林幸子)「ヤングマン」(西城秀樹)

関連ニュース