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【東日本大震災から9年 忘れない、立ち止まらない】“復興五輪”への被災地の思い 歳月が過ぎた今、世界へ正しい情報発信を (1/2ページ)

 新型コロナウイルスの世界的な感染拡大で、いよいよどうなるか分からなくなってきたが、東京五輪・パラリンピックの開催がこの夏に迫った。

 東日本大震災の発生から2年後の2013年、東京開催が正式決定し、国が「復興五輪」をうたい文句に掲げたときから、被災地にはずっとこれに対する冷めた思いがある。

 “感謝”のフレームに感動的なストーリーを詰め込み、表向きはきれいに見えるけれど、裏はつぎはぎだらけ-そんな“復興五輪”にならねばいいが。そういう冷徹な視線だ。

 とはいえ、世界が注目するこの祭典を、この地の人々が楽しみにしていないわけではない。発災後、歳月が過ぎた今だからこそ、この五輪を世界中の耳目が再び集まる好機ととらえ、発信できるメッセージも数多くあるはずだ。

 昨年12月に取材で渡米したとき、ある先住民の評議会トップにいる女性が、福島県は今も放射能汚染によって全域で立ち入れないと誤解していることが分かった。

 ノートに福島の大まかな地図を描き、「帰宅困難区域があることは確かだが、それはこのあたりだけのこと」「果物がおいしく、景色も美しく、福島は東北地方の中でもとても豊かな住みよい地域。皆、普通に生活している」と懸命に説明したものの、つたない英語でどこまで理解してもらえたか。

 「政府が、そういうイメージをつくりあげているということはないの?」とも聞かれ、「実際に福島へ足を運んだら、そうは思わないはずだ」ときっぱり伝えたが、福島の人々が歩んできた9年、必死に取り戻してきたもののことを思うと、がっくりと脱力感にとらわれた。

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