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【昭和のことば】グリコがキャンペーン展開、子供のあいだでブームに ワッペン(昭和39年)

 そういえば最近あまり耳にしないことばだ。いまふうの言い方でいうとエンブレム(紋章)になるのだろうか。アップリケという言い方もあった。どれも物や洋服につける布製などの「しるし」である。

 ワッペンはドイツ語。この年東京オリンピック機運に乗り、「おまけ商法」で有名なグリコが「世界のワッペン」キャンペーンを展開、あっという間に子供の間でブームとなった。使用されたワッペンは、航空会社のマークや世界の都市などの絵柄が描かれた約500種。まだ見ぬ場所や機関の紋章に憧れ、ちびっこコレクターたちをおおいに興奮した。

 この年の主な事件は、「海外観光旅行自由化」「ビール・酒類、自由価格へ」「M7・7の新潟地震発生」「東京、異常渇水で水不足深刻化。『東京さばく』ということばが流行る」「初の営業モノレール、浜松町-羽田空港間開業」「巨人の王貞治、本塁打年間55本の日本新記録樹立。長嶋茂雄と並び『ON砲』のことばが生まれる」「東海道新幹線が開業」「東京五輪開催」「池田内閣が総辞職し、佐藤栄作内閣が成立」など。

 三浦綾子が『氷点』を発表。雑誌『平凡パンチ』が創刊。海外からの客人を見越し、ホテルやデパートの拡張も盛んに行われた。

 このワッペンやシールの文化は、いまから思えばかわいいものだ。何といっても安上がりで、物や服が格上げされたような気分になった。リュックサックに縫い付けたり、勉強机にベタベタと貼り付けてみたり。1970年代には、オトナだって負けじとピースマークのワッペンを付けた。

 「貧乏くさい」なんてことばは使いたくない。無邪気な時代だったんだなと誇らしく思う。=敬称略(中丸謙一朗)

 〈昭和39(1964)年の流行歌〉 「お座敷小唄」(松尾和子&和田弘とマヒナスターズ)「アンコ椿は恋の花」(都はるみ)「東京五輪音頭」(三波春夫)

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