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【高橋洋一 日本の解き方】野党のあり方はこれでいいのか 疑惑ありきで証拠出せずじまい…国民の期待には応えないまま (1/2ページ)

 森友学園・加計学園問題(モリカケ)や「桜を見る会」問題など、このところの野党の追及のテーマや手法について、意義があるのか、政権攻撃として奏功しているのかをあらためて考えてみたい。

 まず、モリカケについて現時点でみると、野党の追及は空振りだった。

 森友問題と加計問題は異なっている。森友問題は、国有地売却で近畿財務局が競争入札という基本を無視した事務的なチョンボだった。入札にしておけば二束三文に割引する必要はなかった。この基本を怠ったところ、安倍晋三首相の昭恵夫人が形式的に関係したので、財務省、近畿財務局は説得的に説明できず、文書改竄(かいざん)という最悪手までやってしまった。すべて基本的な初期動作の事務ミスによる結果である。

 一方、加計問題は行政上のミスはない。それどころか、50年ぶりの獣医学部新設を阻止する抵抗勢力の存在があったにも関わらず、理事長が安倍首相の友人というだけで、加計学園という私学を悪者に仕立てた一部野党・マスコミの根拠のない話だ。今にいたっても、不正があったという証拠はないが、それを出せないにもかかわらず一部野党・マスコミは疑惑があると言い続けている。

 これと全く同じ構図で、森ゆうこ参院議員による原英史・国家戦略特区ワーキンググループ座長代理への人権侵害がある。原氏らは、森議員の懲罰などを求めて、2日に参院議長に請願を行った。

 これまでの一部野党・マスコミの手法には疑問がある。これを反証するのは疑惑を持たれた側だ、というロジックだ。政治倫理では疑惑を持たれた政治家にできる限りの説明責任があるという。しかし、これは悪魔の証明であり、当面の説明責任を政治家は持つが、最終的には疑惑を持つ側に挙証責任がある。

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