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【昭和のことば】当時の子供たちがみな“別れ際”に言った言葉 バハハーイ(昭和42年)

 何とも懐かしいことば。人形劇団「木馬座」の公演に登場したカエルのぬいぐるみ「ケロヨン」の別れ際のセリフである。製作は幻想的な影絵でおなじみの藤城清治。主人公の発する「ケロヨーン」「バハハーイ」などの独特のイントネーションが小学生の間で大人気。昭和42(1967)年のフジテレビの連続放送(木馬座アワー)によって全国に広まった。

 この年の主な事件は、「初の建国記念日」「東京都知事に美濃部亮吉が当選」「公害対策基本法公布」「四日市ぜんそく患者が石油コンビナート6社を相手に提訴」「三派系全学連反対デモで学生1人死亡(第1次羽田事件)」「吉田茂没、戦後初の国葬」「小笠原返還を明示した日米共同声明発表」「都電銀座線など9系統廃止」「テレビ受信契約数、2000万突破」など。

 本は大江健三郎『万延元年のフットボール』、多湖輝『頭の体操』。映画は『日本のいちばん長い日』。テレビでは『スパイ大作戦』がはやった。

 スポーツでは、藤猛がプロボクシングJr.ウエルター級世界選手権獲得、ユニバーシアード東京大会開催。グループサウンズブームの頂点にザ・タイガースが立ち、巷では「フーテン族」が生まれた。

 当時の子供たちは別れ際にみなこう言った。「バハハーイ」。筆者は当時4歳だが、このことばだけはしっかりと覚えている。たぶん、相当あとになるまで「じゃあね。バハハーイ」なんて友だち同士で使っていたのだろう。いま若い人相手に使ってみたいがその勇気はない。生みの親である藤城清治は御年95歳でご健在。地方の常設美術館(那須高原・藤城清治美術館)に加え、東京・銀座でも毎年展示会を開催している。=敬称略(中丸謙一朗)

 〈昭和42(1967)年の流行歌〉 「ブルー・シャトウ」(ジャッキー吉川とブルーコメッツ)、「世界は二人のために」(佐良直美)、「小指の想い出」(伊東ゆかり)

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