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【勝負師たちの系譜】連盟を二分する「陣屋事件」勃発 (1/2ページ)

★王将戦(1)

 王将戦は1950年、名人戦を朝日新聞社に持っていかれた毎日新聞社が、名人戦を上回る棋戦をということで始まった。

 決勝の七番勝負は「三番手直り」の制度で、どちらかが3勝の差がついたら、次局は香落ちで戦うという過激なもの。

 たとえ名人でも王将戦では駒落ちの下手となる可能性があるというルールだった。

 当時名人と言うと、八段になったらやっと、香落ちで指せるというくらいの雲の上の存在だったから、名人を傷つける棋戦でもあった。

 初代王将には、無敵の木村義雄14世名人が就いたが、第1期で挑戦者の升田幸三八段(当時)が4勝1敗で王将位を奪取した上に、第6局で香落ち戦が実現することになったのだった。

 この時、対局場の神奈川県鶴巻温泉『陣屋』に行った升田が、呼び鈴を押したが誰も出てこないという理由で、対局を拒否したのが有名な「陣屋事件」だ。この事件はやがて、日本将棋連盟を二分して、あわや分裂というところまで行く、大問題となっていく。

 香落ち戦で有名なのは、第5期に升田が当時の大山康晴名人を指し込み、香落ちで名人に勝ってしまったことだ。この後、升田は初の三冠王となる。

 しかし第7期に大山に王将位を奪われてからは、升田は一度も挑戦者となることはなく、香落ちで負けた大山のリベンジは実現しなかった。

 王将位の永世称号資格は、通算10期のみという、タイトル戦では一番厳しいもので、今までの資格者は大山と、羽生善治九段のみである。

 現在のタイトル保持者は久保利明王将(連続2期、通算4期)。羽生がタイトルを失った今、43歳の最年長タイトル保持者である。

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