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【部下がついてくる!「角栄流」上司の心得】「それでも銀行の頭取か!」 山一救済、最後のカードは“一喝” (1/2ページ)

★交渉術の極意(5)

 昭和40(1965)年の「山一証券」倒産危機で、大蔵大臣の田中角栄は「次善の策」、すなわち2枚目のカードを切って、山一のメーンバンク支援を潰した。そのうえで、落とし所である日本銀行による特別融資「日銀特融」に向けて、いよいよ「三善の策」として最後のカードを切ることになる。

 交渉事の過程では、常に予期せぬ事態が起こる。臨機応変の対応ができるかも、交渉術の重要なポイントになる。

 東京・赤坂の日銀氷川寮での会議は、1時間が過ぎても重苦しい空気に包まれていた。田中は2枚目のカードで、メーンバンク2行の支援不可能のシナリオまで持っていった。だが、日銀側がなお、「特融」に慎重姿勢を見せていたからだ。

 そこへ遅れてやってきたのが、メーンバンクの残り1行、三菱銀行の田実渉(わたる)頭取だった。田実は周囲の会話を聞きながら口を開いた。

 「まあ、この場で早急な結論を出さず、取引所を閉鎖したうえで、善後策を改めて討議したらどうでしょう」

 このタイミングを逃さず、田中の3枚目のカードが出た。

 「キミッ、それでも銀行の頭取か! (山一が)都市銀行だったら、どうするのかッ」

 年若の蔵相に一喝された田実は顔色を変え、震え上がったのだった。

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