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【昭和のことば】貧困や斜陽とは違う「新しい」むなしさ 過疎(昭和41年)

 地方の過疎の問題は古くて新しい問題である。このことばは、昭和41(1966)年7月、経済審議会の地域部会が中間報告として出した「20年後の地域経済ビジョン」で初めて使われた。

 概念はつかめてもその本質はなかなかつかみきれない「過疎」ということばには、貧困や斜陽とはまた違った「新しい」むなしさが感じられていた。そうこうするうちに、大都市への人口集中、山村・離島の過疎はあっという間に進行し、4年後には政府によって、過疎地域対策緊急措置法が制定された。

 この年の主な事件は、「全日空機、羽田空港着陸直前に東京湾に墜落。133人全員死亡」「富山県、全国初の登山届出条例制定」「住民登録集計による総人口が1億人を突破」「日産自動車とプリンス自動車工業、合併に調印」「アメリカ原子力潜水艦、横須賀初入港」「ビートルズが来日、日本武道館で公演」「閣議、新東京国際空港を成田市三里塚に建設決定」「全日空YS11型機、松山空港で海上に墜落、50人全員死亡」「衆議院解散(黒い霧解散)」など。

 この年の映画は『白い巨塔』。テレビは『ウルトラマン』。遠藤周作が小説『沈黙』を発表。交通事故死亡者総数は1万3319人で史上最悪となり、交通戦争激化が叫ばれた。丙午に当たるこの年は、出生が前年より25%減り、巷では、フォークソングブームが起こっていた。

 過疎の何が問題なのか。それは、先の中間報告でも触れられたが、「人口減少のために、一定の生活水準を維持することが困難になった状態」だ。防災、保健行政、教育、就職、議会運営、交通網、空き家の管理、医療など、この問題は20年をはるかに超えた52年後のいまでも、連日のようにニュースをにぎわせている。(中丸謙一朗)

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