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【桂春蝶の蝶々発止。】人間いつでも「悩みや迷いの質量」は変わらない… ハロウィーンは「ええじゃないか」の現代版だ (1/2ページ)

 東京・渋谷などで、一部の若者が暴徒化した今年のハロウィーン。これ、毎年エスカレートしていく気がしますね。来年も起こるであろうこの騒ぎ、今後どう解釈すればいいのか。私なりの考えはこうです。

 まず、いわゆる大人たち(=ハロウィーンに参加しない側)の中には、「祭りとは神事だ! あれは神事なのか? 一体何を祝っているんだ!?」という人がいます。

 ハロウィーンはもともと、ヨーロッパに住んでいた古代ケルト民族の儀式が起源で、収穫を祝い、悪霊を祓う宗教的意味もあるそうです。

 「神事にはもっと畏敬の念を持つべきだろう?」という方もいると思います。ただ、その神事をうまく利用してきたのは「いわゆる大人たち」ではないのか? と私は考えるのです。

 例えば、初詣…あれは昭和に入ってからできた文化です。何を隠そう、電鉄会社のキャンペーンが大当たりした結果です。恵方巻きは寿司屋、バレンタインは菓子屋、クリスマスは? 土用の丑は? ぜーんぶ神事を操った大人のキャンペーン。経済的戦略です。

 そして、ハロウィーン。10月に入ったら、日本はカボチャだらけやないですか(笑)。経済的戦略が功を奏して、これだけのムーブメントになった。ただ、多くの人間が介在すると、一部にバカ騒ぎする輩も出てきます。これは両成敗であるような気もするのです。

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