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【部下がついてくる!「角栄流」上司の心得】「絶対勝てる。ケツをまくれ」 史上初「衆参W選」の強行“奇策” (1/2ページ)

★「抜け道」伝授能力(6) 

 自民党最大の分裂危機は、熾烈な「角福総裁選」での軋轢(あつれき)を引きずった形での田中角栄・大平正芳連合と、福田赳夫を中心とする反主流派との間の主導権争い、昭和54(1979)年10月から11月にかけての「40日間抗争」にあった。

 時に、政権は大平にあり、すでに金脈問題で首相を引責退陣、ロッキード事件逮捕と重なっていた田中としては、裁判で潔白を勝ち取り、汚辱を晴らしての「復権」を果たすため、影響力の利く「盟友」大平の政権存続が至上命題であった。

 しかし、大平は「40日間抗争」を引きずる中で打った衆院選で敗北、政権運営盤石とはほど遠い中で、昭和55(80)年6月の参院選を控えていた。

 参院選で敗北すれば、もはや政権は持たず、田中の党内影響力も地に堕ちる。切羽詰まった中で、田中の知恵が発揮されたのである。参院選に衆院選をぶつけるという史上初の「衆参ダブル選挙」という“奇策”、選挙を勝利に導くための誰もが思い至らぬ「抜け道」ということだった。

 田中の発想は、こうであった。電撃的にダブル選に踏み込めば、野党はアタフタして選挙態勢が整わない。田中は、文人肌で選挙に疎い大平に言った。「絶対勝てる。ケツをまくれ」

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