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【金正恩への直言 拉致40年】「私たちの家族を帰して」 松木薫さんの姉・斉藤文代さん、両親の思いを背に奔走 (1/2ページ)

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 毎月11日は、拉致被害者の松木薫さん(65)=拉致当時(26)=の姉、斉藤文代さん(73)にとって、特別な日である。2014年1月に亡くなった母、松木スナヨさん=享年92=の月命日にあたるからだ。毎月その日、斉藤さんはスナヨさんと父、益雄さん=1990年に75歳で死去=の眠る熊本市内の寺を訪れ、こう誓う。

 「お父さん、お母さん、長くなっているけど、薫は必ず帰ってくるからね」

 薫さんは1980年、語学習得のため訪れていた欧州で消息を絶った。8年後、薫さんと同時期に行方不明になった札幌市の石岡亨さん(61)=拉致当時(22)=の実家に1通の手紙が届いた。石岡さんからの手紙だった。そこに、薫さんが石岡さんらとともに北朝鮮にいることが記されていた。

 行方こそ分かったが、すぐに取り戻す術もなく、どうしようもなかった。ほどなく、益雄さんが亡くなり、スナヨさんにも認知症の症状があらわれた。母の介護をしながら、弟の帰国を待つ日々が始まった。

 それからの日々、斉藤さんは、わが子を思う「母の強さ」を目の当たりにし続けた。何度も高熱を出して生死の境をさまよったが、家族が「薫が帰ってくるまで頑張るんだよ」と声をかけると、持ち直した。

 スナヨさんが2005年、最後に書いた文字にも思いがあふれていた。

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