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【昭和のことば】なかなか根絶やしにできない…「買春」(昭和55年)

 もともとの用語は「売春」である。昭和49(1974)年ごろから、売春は「買う男の側に問題あり」という女性側からの主張が取り入れられ、次第にこの「買春」が使用されていった。昭和55(80)年は、「セックスツアー」「買春ツアー」などのことばが新聞紙面をにぎわせ、日本人の東南アジアへの集団ツアーが、「男性が女性を買う」という現象で、問題視された年であった。

 この年の主な事件は、「パンダのホァンホァン、北京より上野動物園着」「政府、アフガニスタン問題でモスクワ・オリンピック不参加を表明」「東京銀座昭和通りで、トラック運転手が1億円を拾得」「華国鋒中国首相来日」「大平正芳首相、心筋梗塞で死去」「衆参ダブル選挙で自民党圧勝」「イエスの箱舟、集団失踪事件」「鈴木善幸内閣成立」「新宿駅西口バス放火事件」「長嶋茂雄、巨人軍監督辞任。王貞治現役引退。ON時代終わる」「栃木県川治温泉・川治プリンスホテル全焼。45人焼死」「金属バット殺人事件」など。

 巷では、校内暴力、家庭内暴力が問題化。歌手山口百恵が引退・結婚。原宿の路上で踊る竹の子族が話題となった。

 その後、この「買春ツアー」自体は下火になっていった。だが、その代わりにジワジワと増えてきたのが、「ジャパゆきさん」である。「ジャパゆきさん」は、戦前日本の貧しい女性たちが東南アジアの「夜の女性」として海を渡った「からゆきさん」を下地にしたことばで、日本に夜の女性として渡ってきた東南アジアの女性たちを指すことばである。

 「買春」はいまも普通に通用することばだ。現象もいまだ消えていない。定着すべきではなかった、なかなか根絶やしにできないことばである。(中丸謙一朗)

 〈昭和55(1980)年の流行歌〉 「恋人よ」(五輪真弓)「ダンシング・オールナイト」(もんた&ブラザーズ)「雨の慕情」(八代亜紀)

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