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【勝負師たちの系譜】時代で変遷する対局場 新たなファン作りだすイケメン棋士 (1/2ページ)

★王座戦(3)

 私が奨励会に入った昭和40年代(1965年~)は、対局場と言えば有名旅館か、料亭のような所ばかりであった。

 現代のように地方からの誘致がない時代だから、対局者にできる限り、集中して将棋を指してほしいという主催者の配慮で、良く使われた旅館に愛知県西浦温泉の『銀波荘』、山形県天童温泉の『滝の湯』『天童ホテル』、神奈川県鶴巻温泉の『陣屋』、兵庫県有馬温泉の『中の坊瑞苑』などがあるが、これらの旅館は今でもよく使われている。

 反対に最近は全く使われなくなるとか、今はなくなった対局場もある。

 私が王座戦で指した対局場は、前述の中の坊のほかは、東京・紀尾井町の『福田屋』と奥湯河原の『般若苑』だが、前者はビルの料理屋になってしまったし、後者は経営者が変わり、違う名前の旅館になっている。私としては寂しい限りだ。

 対局場の思い出というと、タイトル戦の記録係の時には私は着物を着ていったから、東京・羽沢ガーデンの仲居さんに「今日は随分若い立ち合いの方ですね」と間違えられたことがあった。

 また昔は豪快な記録係もいて、『湯河原石亭』での名人戦で泊りの夜、旅館のバーで記録2人が飲み過ぎて支払えなくなり、仕方がないから記録料を没収の上で、新聞社が肩代わりしたという話もあった。

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