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【部下がついてくる!「角栄流」上司の心得】敵の問題にも“救いの手” 「ワシがおせっかいを焼いたことにしておけ」 (1/2ページ)

★「抜け道」伝授能力(4)

 田中角栄における「抜け道」伝授は、先週の当欄で記した大蔵省主税局税制第1課長だった山下元利のように、必ずしも“身内”ばかりを救ったわけではない。相手が頭を抱えているときは、“敵”すなわち野党にも救いの手を差し伸べるのが白眉であった。

 昭和45(1970)年、「日の出の勢い」と言われた自民党幹事長5期目の最中、出版妨害という“事件”が世をにぎわした。

 創価学会を支持母体とする公明党は、同40(65)年の参院選で11人を当選させ、国政進出を果たした。数年後、明治大学教授にして政治評論家として売れっ子だった藤原弘達が『創価学会を斬る』という本を出版した。これに公明党側が出版中止の“圧力”をかけたとされる。当時の学会の池田大作会長に対する国会証人の要求まで出たのである。

 藤原と公明党側の間はこじれにこじれ、公明党側はついに田中に“仲裁”を頼んだ。田中は度々、藤原に接触して汗をかいたが、藤原が「田中幹事長から圧力があった」と口外したことで、公明党はさらに窮地に陥った。

 「何とかならないか」と泣きついてきた公明党幹部に田中は言った。

 「しゃあないな。それなら、ワシが勝手におせっかいを焼いたことにしておけばいい」

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