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【zak女の雄叫び】《zak女の雄叫び お題は「残」》北海道胆振東地震の教訓 ガソリンの「残」量は半分で給油 (1/2ページ)

 北海道を最大震度7の地震が襲った。当時、札幌市の自宅にいて、6日午前3時7分。揺れの前に目が覚めたと思う。今となっては記憶は不確かだが、「あ、来た」と思いながら、布団の上でよつんばいになって、突き上げるような揺れがおさまるのを待った。

 テレビと電気をつける。まもなく社から携帯に電話がかかってきた。もっとも大きいとされた震源は安平町で当初、震度6強だった。停電も発生しているようだ。

 「電気は」という社からの問いに、「大丈夫です。現場に行きます」などとやりとりをしている間に突然、真っ暗になる。このときはまだ知らなかったのだが、北海道全体が停電するブラックアウトが発生したのだ。

 パソコンを立ち上げたまま寝ていたためパソコンのバックライトの明かりが唯一の光だった。その明かりを頼りに支度をする。長引くかもしれない。と、覚悟をして下着や上着を手当たり次第、袋に詰める。自宅にあったペットボトルのお茶も持った。

 もちろん、自宅マンションのエレベーターは動かない。携帯していた一度は閉じたパソコンをもう一度立ち上げ、その明かりを頼りに屋外の非常階段を伝った。携帯電話よりも光力があり明るいのだが、両手がふさがる。何度も階段からずりおちそうになった。

 私の車は屋外の平おきだったが、停電でシャッターを開けられなかったり、立体駐車場で出せなかった人も多数いたという。

 信号も消えている。夜明けまではまだ時間がある。信号も街灯もついていない。とりあえず、写真を撮影するために繁華街のススキノに車を走らせた。

 ススキノのネオン街も真っ暗だ。スマホを懐中電灯がわりにして、歩行者が歩いていた。車を脇につけて、写真を撮影する。アングルを考えている暇もない。まずは震度6強だった安平町へと向かう。

 気になったのが、ガソリンだった。目もりは半分を切っていた。人がいるガソリンスタンドを見つけては立ち寄ってみるが、どこも電気が通じていないためポンプが動かせない、という返事だ。

 携帯電話のバッテリーの残りもほとんどなかったのを充電してくれたのが車だった。電気がない中、車がある意味、命綱だ。どのぐらい走ればよいのか、どこまでガソリンが持つのか…。取材で向かう被災地でガソリン切れで迷惑をかけるようなことがあってはいけない。