記事詳細

【新・カジノ情報局】「禁酒法」の失敗を「賭け事」に生かしたアメリカ、本能よりタテマエ優先の日本 (2/2ページ)

 アメリカ政府は彼らの策にすっかりハメられた格好だった。人間がだれしもやりたいと思うような素朴な欲求を禁止すれば、かえっておかしなことになることを知っていたマフィアのほうが、学者や政治家より一枚も二枚も上だったのである。

 こうして高い授業料を払い、人間の本能的欲求をむやみに禁止することの弊害をアメリカ社会は学んだ。

 その後マフィアが次のターゲットとしたのはギャンブルだった。ギャンブルを公的に禁止すれば酒と同じように利益を手にすることができるからだが、それに対してアメリカ政府が取った態度はハッキリしていた。ギャンブルを全面的に禁止するのではなく、法律の範囲内で許可し、管理していくことにしたのだ。禁酒法の教訓を生かしたのである。ラスベガスの発展も、そうした現実的な判断の積み重ねによって実現したというわけだ。

 一方の日本はどうだろうか。以前こんな出来事があった。あるテレビ番組で賭け麻雀が違法だという話を扱った際、出演者の誰もが当然といった顔で頷く中、ある女性コメンテーターが、「お金賭けずに麻雀している人なんているんですか?」と発言し、スタジオが凍り付いたようになった。司会者が必死で話題を変え、何事もなかったように番組は進んだが、これも日本がタテマエの国であることを現している。

 もしも競馬で馬券の発売がなく、入場料だけ払って好きな馬を一筋に応援するだけだったとしたら面白いだろうか? ささやかなお金を賭けてすぐ先の未来を占うことは、古くから人間がやってきたことで、一つの本能だ。そんな些細な遊びさえ許されないとしたら、とてもじゃないが成熟した大人の社会とはいえない。競馬やカジノは、そんなつまらない社会にならないための歯止めともいえる。(作家、松井政就)=次回「アメリカのいいとこ取りを狙うアジア」

zakzakの最新情報をSNSで受け取ろう