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【勝負師たちの系譜】新手一生を目指した升田名人、賞創設で永遠に残る名に 最初の受賞者は内藤九段 (1/2ページ)

★升田幸三(4)

 升田幸三実力制第四代名人が、現役として対局したのは1977年度までだから、私より少し後輩の田中寅彦九段が、公式戦を戦った最後の世代となる。

 私の唯一の公式戦は、74年4月に四段になって数カ月後の棋聖戦二次予選で、本戦入りの一番。私は最初で最後かもという思いもあり、暑い日だったが着物を着て臨んだ。

 将棋は升田九段(当時)の先手で、ヒネリ飛車からうまく立ち回られて不利となった。鍛えの入った芸に感心しつつも、最善を尽くしているうちに優勢になり、勝ちが見えた瞬間はドキドキしたのを覚えている。

 それからしばらくして、升田は2年間の休場となった。当時の規定は3年休場すると降級というもの。復帰できるかどうかは、膝が悪く座るのに耐えられるかの問題だった。

 椅子での対局を申し入れたが、却下された升田は月刊誌『将棋世界』で若手と非公式戦三番勝負を戦い、それから考えるということになった。

 初戦は小林健二九段に快勝。次が私で、序・中盤は私が押され気味だったが、逆転で私の勝ちとなると、最終局を指さずに引退を表明された。

 最後に控えていた谷川浩司九段は、升田九段と指す生涯ただ一度のチャンスを逃したと、残念そうだった。

 引退後は講演会が多く、また後輩を自宅に呼んで囲碁を打つのを楽しみにしていた。自身はアマ六~七段で、相手に沢山置かせて打つのが楽しいらしく、私の弟弟子の神谷広志八段(28連勝男)などは、何度も呼ばれたらしい。

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