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【江田憲司 俺がやらねば】勝負は通常国会後、「無所属で野党束ね、自民に対抗」 希望に行かず無所属で戦った理由 (1/2ページ)

 この度の総選挙。おかげさまで11万9280票ものご支援をいただき、自民候補に大差をつけ、6期目の当選を果たすことができました。

 ただ、残念ながら、選挙直前、誰かさんの「排除の論理」により野党が分断され、票が分散した結果、安倍自民党に圧勝をもたらしてしまいました。野党のふがいなさに心からおわびを申し上げたいと思います。

 この選挙戦、私自身は「無所属」で戦いました。なぜ希望の党に行かなかったのか? 私はもともと「無所属」で初当選(2002年)した政治家です。2回目の当選(05年の郵政選挙)も無所属でした。選挙直前にバタバタといくつかの政党ができ、混乱している状況では、この際、すっきりと政治家・江田憲司の原点に立ち返るべきと考えました。また、希望の党との合流の過程において、多くの私の同志、仲間が「選別」され、公認を得られず路頭に迷うという事態にも陥りました。

 こうした惨状を目の当たりにして、理念や政策以前に、私だけがノウノウと、その「排除・選別」した党に行くわけにはいかない、そう判断しました。

 しかし、当選後、無所属一人では、国会ではほとんど何もできません。今回、あえて希望の党に行かなかった無所属議員(元民進党)が13人集まって「無所属の会」を立ち上げました。国会は「政党」ではなく「会派」(グループ)単位で活動します。委員会ポストや質疑時間の割り振り等もこの会派を単位に行われるのです。この13人という人数は、共産党の12人、日本維新の会の11人を上回る、立憲民主党、希望の党に次ぐ野党第三会派。これで国会活動には何ら支障はなくなりました。

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