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【警戒せよ!生死を分ける地震の基礎知識】大被害の可能性!東京湾を津波が襲う 文明が進み、湾岸がいっそう弱く (1/2ページ)

 東京に津波は来ないと思っている人は多い。

 だが、「大正6(1917)年の大津波」と書かれた看板がある。東京に隣接する千葉県浦安駅近くの左右天命弁財天にある教育委員会の看板だ。人々でにぎわう海際の東京ディズニーランドから内陸へ3キロほど入ったところにある。

 この年、浦安での潮位は通常の満潮時より4・1メートル高くなった。海水は川をさかのぼり、船橋や市川など内陸部まで浸水させた。

 死者行方不明者は千葉県だけで313人。また横浜港でも3100隻以上の船やはしけが風浪で転覆するなど、首都圏で1324人にも及ぶ犠牲者を生んでしまった。

 大津波なみの災害。だがこれは、津波ではなく、9月に東京湾に入ってきた台風が吸い上げた海水による高潮災害に大雨が加わったものだった。だが、海が襲ってきたという意味では津波と同じものだ。

 このときの台風は首都圏を直撃せずに西側をかすめたが、気圧が上陸時よりも低くなった。ちょうど満月だったから引力が強く、台風が近づいたときには満潮だったのが不幸だった。

 これ以外にも「東京大水害」と呼ばれる大きな水害もあった。明治43(1910)年夏に起きた大水害で、東京府と東日本の15県に被害が広がった。これも、台風と高潮が起こした水害だった。

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