記事詳細

【新書のきゅうしょ】人は皆同じだけのカネがかかる 小田実著「世直しの倫理と論理」上下巻(岩波新書・1972年) (1/2ページ)

 筆者が持つ小田実著「世直しの倫理と論理」上巻末には、「1977年8月13日購入」「同月19日読了」とメモが残る。この年の夏休みは大学受験のため浪人中だったが本書を手に取った理由を思い出す。当時、小田は「べ平連」の活動を終え、代々木ゼミナールでの講師も務めていた。多分その講義に参加したいと、彼のことを知る予習の意味で購入したのだろう。

 筆者は、70年代、「シラケ世代」と呼ばれた若者の典型で、政治意識はすこぶる低かった。ただ、時に小田がテレビ番組に登場し、大阪弁で論じる姿は目にしていた。彼の思想を深く知らないノンポリだったが、その存在感は群を抜き、オーラを放つオピニオンリーダーの一人だった。

 本書を改めてひもとくと、昨今、広く受容される、「自己責任」を述べ、デジタルやグローバル化など、世の潮流に従い、成果を出すことを促すオピニオンリーダーと全く逆方向の論だと気づく。例えば、今の世では、「外国人労働者受け入れ」も、「働き方改革」も、少子高齢化で不足する働き手を補い、少ない労働人口で効率的に経済を回す方法の「鳥瞰図」として唱えられる。対して、小田は徹底的に地べたを這いつくばる「虫の目」で「まき込まれるもの」の視点ですべてを論じる。

 彼は、「なぜ28歳の技師が50歳の工員より給料が多いか」と問いかける。現代になぞらえれば、若いIT企業経営者が企業を追い立てられかける中高年層より価値があるのか、と尋ねるがごとくだ。若者が答えるなら「仕事の付加価値に差があるから当然じゃね」となるだろうか。しかし、彼は「誰がどのようにして、どのような基準に基づいて、ある『しごと』を別の『しごと』よりも価値のあるものとみなすか」と問い直す。

関連ニュース