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【松浦達也 肉道場入門!】銀もまた金に引けを取らない… 松阪牛「牛銀本店」のあみやき (1/2ページ)

★絶品必食編

 すき焼き界には「松阪に金銀あり」という格言がある。もちろん「金」は先週の回でも触れた、全国に名を轟かせる「和田金」である。

 そして「銀」は「牛銀本店」。三重県松阪市では「金」と並び称される名店だ。

 創業者は1880(明治13)年、農家の三男として生まれた小林銀蔵。「田舎で農業をするより、町で商売を」と若くして上京。浅草の肉料理店「米久」に就職した。

 そこで精肉業のイロハを徹底的に身につけ、22歳で松阪市本町に牛肉店を開業。東京で覚えた“平切り”が評判となり、「牛銀」は大繁盛したのだという。

 なおも快進撃は続く。「牛丼と牛めし一銭五厘の牛銀」という垂れ幕を店頭に掲げ、食事業態にも乗り出した。

 当時の物価で言うと、そばやうどん1杯がだいたい一銭五厘くらい。牛丼や牛めしは現代と同様に空腹を満たす大衆食という位置づけだった。

 しかし人々は松阪肉を大衆肉のままにはしておかない。明治の終わり頃から大正時代にかけて肉食の風習が一般化するにつれて、牛銀も「すき焼き」などの肉料理を提供するようになっていく。

 さらに大正から昭和にかけて、伊勢神宮の参宮客が多数来店するようになり、高級化が進んでいく。

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