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【zak女の雄叫び】《zak女の雄叫び お題は「春」》節分に思う「季節感」の育て方 (1/2ページ)

 ●(=歌記号)鬼は外 福はうち ぱらっぱらっぱらっぱらっ豆の音

 娘の通っている保育園から発熱したと連絡があり、仕事を中断して昼間に迎えに行ったときのこと。保育士さんが子供たちに「豆まき」を歌い聞かせているのが聞こえた。

 「ああ、そうか。もうすぐ節分だ」。1月の終わりになってやっと気づいた。そういえば、よく行くスーパーの出入り口に鬼のお面で飾り付けされた豆コーナーができていたな。農林水産省が恵方巻きの廃棄削減を呼びかけているというニュースもあったっけ。それなのに、もうすぐ節分だということが頭になかった。

 お正月、バレンタインデー、ひな祭り、こどもの日、お盆、クリスマスあたりの行事は、数週間前から意識し始めて当日まで忘れることはない。だが、春の七草や節分や冬至なんかは、たいがい頭からすっぽりと抜け落ちている。毎年、当日か翌日になって気づき、「時すでに遅し」となるのが私のおきまりのパターンだ。

 そうなったのは、進学を機に親元を離れ一人暮らしを始めてからだ。勉強とアルバイトに明け暮れた学生時代は、「今日は七草がゆの日だ」とか「今日は冬至だからカボチャを食べよう」とか、そんなことを考える心のゆとりは(お金のゆとりも)なかった。さすがにお正月やクリスマスに当日まで気づかないということはなかったが、おせちやお雑煮を食べない元旦、ケーキを食べないクリスマスは何度もあった。