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【zak女の雄叫び】《zak女の雄叫び お題は「山」》忘れられない山の幸 都会では味わうことのできない貴重な恵み (1/2ページ)

 記者になって10年以上たつが、一度だけ「このまま無事に帰れないかもしれない」と身の危険を感じた取材がある。ちょうど3年前の5月、前任地の大津支局にいたときのことだ。

 「トチノキを見に行きませんか」。滋賀県の職員からこう誘われた。県北部の長浜市には西日本有数のトチノキの巨木群があるが、伐採計画が浮上したため三日月大造知事が視察に行くというのだ。巨木を間近に見られるのはなかなかない機会だし、ピクニックみたいで楽しそうだ。深く考えもせず話に乗った。

 しかし取材当日、すぐにその認識を改めた。歩くのは30分ほどと聞いていたが、目的地は山奥にあり、歩けども歩けどもたどりつかない。足が鉛のように重くなった。明らかに日ごろの運動不足だ。地面はごつごつとした岩肌で、普通のスニーカーでは滑ってしまう。道幅は狭く、道の横はもう崖だった。

 ここで足を滑らせたら…。時折支局にも届く山岳事故の一報が頭をよぎった。もしかしたら、翌日には自分が新聞に載るかもしれない。恐怖感と疲労でへたりこんでしまった。

 そんなとき、日ごろからランニングできたえているという三日月知事が軽やかな足取りで追いつき、声をかけてくれた。「あともうちょっとやで」。ここへ来た目的を思い出し、立ち上がった。

 トチノキの巨木は、神々しかった。周りの長さが5メートル以上になる幹は力強い生命力にあふれ、緑の葉からこぼれる木漏れ日はまぶしかった。「守るべき価値がある」と、三日月知事は言い切った。

 それから1年半後、再び取材でトチノキの巨木群を訪れる機会があった。あのときのような失態は繰り返すまいと、今度は万全の装備と体調で臨んだ。それでも汗だくになりながらたどり着いた秋のトチノキは、またちがった風情があった。葉はくすみ、周囲には茶色い栗のような実がたくさん落ちていた。トチの実だ。

 「よかったら食べていきませんか」。取材先から、そのトチの実を使ってつくったトチ餅をごちそうになった。一口かじると、ほのかな甘みとほろ苦さが入り交じった奥深い味わいと何とも言えぬ素朴で香ばしい香りが広がった。

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