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【松浦達也 肉道場入門!】牛肉史に刻まれるべきドラマ 75歳老士に贈る大石内蔵助の心遣い (1/2ページ)

 表向き肉食が禁じられていた江戸時代であっても、中期以降ともなると肉食の記録も目につくようになる。

 牛肉食の記録の嚆矢(こうし)となるのは元禄時代(1688~1704年)、赤穂浪士の大石内蔵助が四十七士最年長の堀部弥兵衛に出した次の手紙だ。

 「進上致し候彦根産黄牛(あめうし)の味噌漬、養老品故其許には重疊(ちょうじょう)と存じ候。伜主税などにまいらせ候とかえってあてかるべし。大笑大笑」

 この手紙にはつぶさに読むと実に興味深い内容が含まれている。

 まず「彦根産黄牛」という記述。現在の近江牛は明治以降に品種改良された黒毛和牛だが、当時は現在の褐毛和種--いわゆる“あか牛”に近い品種だった。

 明治時代以降、日本在来の牛に外国種を交配して品種を固定する過程で、彦根産牛は兵庫県の但馬牛血統の黒毛和牛になっていった。

 現在は必ずしも但馬牛を素牛(もとうし)とする必要はなく、滋賀県内でもっとも長く肥育された黒毛和種に用いられる呼称となっている。

 近江牛のお膝元であり、日本の牛の聖地と言っても過言ではない彦根でさえ、約300年の間にこれだけ血統が入れ替わってきているのだ。

 次に年月について。書状に年月の記載はないが『牛肉二百五十年史』によれば、書かれた内容からすでに討ち入りのため江戸入りしていた、1702(元禄15)年と推察されている。

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