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【ぴいぷる】「世界の奥地にもいける」円熟への旅 食の冒険家、発酵学者・小泉武夫氏 『乾燥納豆』を常に持参 (1/3ページ)

 74歳にして現役バリバリ。声も大きく、肌も若々しい。日経新聞に連載中のコラム「食あれば楽あり」は25年目に入ったが、その間、一度も休載がない。元気の秘訣は、毎日欠かさないみそ汁と納豆だという。

 「よちよち歩きのころから暴れていて、祖母が三尺帯をつないで柱に縛り、左手にみそ、右手に身欠きニシンを持たせたそうです。それをしゃぶっているときだけは静かだったとか。それが私の味覚の原点ですね」

 納豆に救われたこともある。カンボジアの山岳民族を調査したとき、豚の肝臓の熟(な)れ鮨を振る舞われ、大学院生ら5人全員が下痢をする中、1人だけ平気だった。

 「どんな旅にも乾燥納豆を携帯。納豆菌が腐敗菌をやっつけたんです。南米でもアフリカでも腹を壊したことはなく、みんなに『鋼(はがね)の胃袋』と呼ばれてます」

 中学高校時代のあだ名は「歩く食糧事務所」。サンマのかば焼きやイカの丸煮などの缶詰と缶切り、しょうゆ、マヨネーズをカバンに入れ、「食いたいヤツは来い」と親分気質だった。大学時代は常に飲んでいることから「走る酒壺」と呼ばれた。

 「あだ名も出世魚のように変わり、カムチャツカ半島ではカニの食べ方がうまくて『ムサボリビッチ・カニスキー』。ある意味、私の勲章ですね。世界を飛び回ることから自ら考えた『味覚人飛行物体』や『発酵仮面』は登録商標にしました」

 食いしん坊になったのは、グルメの父親の影響が大きい。滋賀から鮒ずし、八丈島からクサヤを取り寄せ、子供のころから食べさせてくれた。中でも思い出深い“お取り寄せ”は北海道・日高の真昆布。

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